流石!!佐々さん
正に正論である。
読んでいてスッキリする。

この人を知ったのは、邦画「突入せよ! あさま山荘事件」だった。
あさま山荘事件は1972年2月に起こった。
当時、自分は小学校入学前。自分の世界は自宅と幼稚園だけの
限られた小さい世界だったから、全く覚えていない。
いつ頃だったのか?大人になる途中で
学生運動・日米安保反対運動・過激派・連合赤軍・よど号事件
それらを学んで「あさま山荘事件」に辿り着き、その邦画を見た。
そこには、古き良き昭和の日本の良識・混乱があった。

自分は国家権力に媚びるつもりは無いが、連合赤軍の運動については
賛同出来ないので、立ち位置は国家権力側だ。

話が横道に逸れたが、日教組は自分も大嫌いだ。

自分の経験だが小学生の時、家庭科で調理実習があった。
自分の父親は古い考えの人だったので・・・
「男は台所に入るものじゃない。エプロンなんて、もってのほか」と言う人だった。
当然、実習時に持って行くべきエプロンは持って行かせて貰えない。
「忘れ物として先生に怒られる」と言っても、
「男はエプロンなんてするもんじゃないと父親が許さなかった。と言えば良い。持って行くな。」と言われた。

そして翌日・・・

朝のホームルームで、担任の先生が
「今日は調理実習があります。エプロンは持って来ましたか?持ってきた人、手を挙げて」
当然、手は挙げられない。・・・手を挙げなかったのは2人か3人だったと思う。
「忘れたんですか?」
他の生徒は、「はい」と答える。自分は「いいえ」と答える。
今から思えば、日教組バリバリの担任・・・
忘れた生徒は放っておいて、その矛先は自分に向けられた。

「どうして忘れたのに、『忘れてない』って言うんですか」
「父親が持ってくるのを許しませんでした。」
「嘘をつくのは、やめなさい!!」
「嘘はついてません!」
「忘れたのを誤魔化してはいけません。」
「誤魔化してません!」

そんな不毛な問答が暫く続いて、結局・・・
「廊下に立ってなさい!!」
やりきれない怒りを感じながら、廊下に立ってた。
空腹になっても、給食も食べずに6時限の家庭科の時間まで・・・

後日、家庭訪問で自分が嘘をついていなかった事が解っても、
担任は自分に謝らなかった。
「そんな父親が、まだいてるんだ」って言っただけだった。

また、話が横道に逸れたが・・・
そんな経験があるから、日教組を嫌うのかもしれない。

が!・・・
自衛官・警察官を父の持つ子供を差別し、無意味な体罰を与える考えを持つ
クソ日教組は即刻解散させるべきである。

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